ナスミス・ウィルソン A8形 [蒸気機関車]
官鉄 600形 No.618(1890)昭和23年7月10日 白黒をカラー化
母のアルバムから 日本車輌製造(株) 熱田本社工場構内にて
以下車歴簿(参考)
1887年(明治20)英国ナスミス・ウィルソン社に 1B1タンク機関車発注
1890年(明治23)輸入 鉄道局 新橋運輸課配属 No.187
1892年(明治25)日本鉄道へ譲渡 改番 W2/4形 No.50
1906年(明治39)官設鉄道が買収 A8形 No.50 上野運輸事務所配属
1909年(明治42)改形改番により 600系 No.618 となる 東部局配属
1937年(昭和12)呉羽化学へ譲渡、その後 浦賀船渠、近畿日本鉄道へ譲渡
1948年(昭和23)戦後、日車本社へ?(以下参考 http://d51498.com/db/600/618)
600形タンク機関車 前の車両は?
英国ナスミス・ウィルソン社は1B1タンク機関車 (600形)を1887〜1904年までに78両製造し日本に輸出した。これらは管鉄をはじめ日本鉄道、総武、房総、川越、東武、成田、甲武、大阪、関西、尾西、京都、参宮、中国、九州、北海道の各私鉄や陸軍で主力機関車として働いた。1907年の国有化後、形式600形 600〜677号機となった78両は主に東日本に集合(東京管区52両、仙台管区22両、門司管区4両)ローカル線や入換機として働いた。
1933年 (昭和8)の国鉄機関車配置によると長町区に618、646、郡山区に625号機、西吉田区に645号機、高島区に611号機、郡山工場に604号機、盛岡工場に647号機、土崎工場に641号機、大井工場に617、667号機、計13両が配備されている。600形は国鉄での廃車後、地方私鉄や工場の入換機として34両が払い下げられたが、その殆どが1951年(昭和26年)までに廃車解体され、 江若鉄道に売却された6両の中の6号機、水戸電鉄に売却された 600号機 (磐城セメント四倉工場に転売)茨城交通に売却された631号機 (同鉄道の4号機)の3両が1964年(昭和39年)まで現役だった。
works : Bridgewater Foundry, Patricroft
1836 : Bridgewater Foundry established by James Nasmyth and Holbrook
Gaskell as Nasmyth, Gaskell & Company
1850 : Gaskell leaves, name changed to James Nasmyth & Company
1857 : name changed to Patricroft Iron Works
1867 : Robert Wilson joins, name changed to Nasmyth Wilson & Company
1867 : partners: Robert Wilson and Henry Garnett
1882 : becomes limited company, name changed to Nasmyth, Wilson & Co. Ltd
1939 : loco building ceased, became Patricroft Royal Ordnance Factory
参考サイト
明治のSL
http://www.asahi-net.or.jp/~aj4s-ski/history-3/newpage1.htm
北総レール倶楽部 江若鉄道 6号機
http://hokuso.com/koujaku/html-koujaku-02.html
http://hokuso.com/koujaku/html-koujaku-03.html
立川リンク集 甲武鉄道
http://yayaya.web.infoseek.co.jp/koubu/koubutetudou.html
Nasmyth, Wilson & Co. Ltd
http://en.wikipedia.org/wiki/Nasmyth,_Gaskell_and_Company
江若鉄道に残ったタイプが好きです。
でもgopさん よくこんな写真が残っていましたね。
熱田という土地柄、機関車・電車は縁が深いのでしょうか。
うらやましいです。
by トロツキー・タナカ (2006-11-29 22:25)
>トロツキー・タナカさん
明治のSLで動態で残っているのは明治村シャープ・スチュアート製12号、
元大井川鉄道、日本工業大のダブス製2109位でしょうか。
母のアルバムには色々残っておりますので、追々紹介させて頂きます。
by gop (2006-11-30 06:23)
貴重なお写真ですねー。
鉄道関係のことはド素人なんですが、日付けがちょっと気になって・・・。
昭和23年7月10日ってことは、、、実は私、この日が誕生日でして・・・(汗)
いや、でも、昭和40年製ですけども・・・。
by jamayan (2006-11-30 18:27)
>jamayanさん
>昭和23年7月10日ってことは、、、実は私、この日が誕生日でして・・・(汗)
さりげなく、1と7が入ってますね!117(いいなー)
まったく関係無いですが、私なんて8が3つも入っています。
八なんで、末広がりでお金が貯まらないんだってさ。(涙)
by sugimecha (2006-12-01 00:15)
>jamayanさん
昭和40年と言うと1965年式ですか、まだまだ新しいですねぇ(^^
翌年1966/7/10はウルトラマンがスタートした日の様で。
http://jvsc.jst.go.jp/shiryo/today/0710.html
実相寺監督も亡くなられましたね、合掌。
by gop (2006-12-01 05:45)
>sugimechaさん
って事は、昭和○八年八月○八日。末広がりで結構な事じゃないですか。
車のナンバーも「・・・8」「・・88」「・888」「8888」は抽選番号だし。
あ、「八方塞がり」ってのもありますね(^^
by gop (2006-12-01 06:14)
600型のナンバープレートが、昔ながらのスタイルでいいですね。
こういう機関屋を大切に保存しておいて欲しかったです。
そう言えば、大宮で建設中の鉄道博物館、ずいぶん出来上がってきました。
展示品の搬入もそろそろ始まるのでしょうか。
開館まで1年を切りましたね。楽しみです。
by ナツパパ (2006-12-01 18:26)
>ナツパパさん
所謂「型式入りナンバープレート」ですね。
http://www.geocities.jp/atsushio016/keishikic57risuto01.html
私が追いかけていた頃は色付きナンバーと共に特別視されていました。
旧交通博物館にも沢山展示してありましたが、大宮ではどうでしょう。
http://park10.wakwak.com/~kisya/nombr.htm
あと1年ですか、楽しみですね(^^
by gop (2006-12-01 18:45)
> 明治のSLで動態で残っているのは明治村シャープ・スチュアート製12号、
元大井川鉄道、日本工業大のダブス製2109位でしょうか。
明治村のボールドウィン製9号も明治の蒸気機関車ですよ。
あとは、
下工弁慶号
http://www.hobidas.com/blog/rail/natori/archives/2006/02/post_208.html
日光ウェスタン村 ワイパウ号
http://c5557.web.infoseek.co.jp/western-mura4.htm
交通科学博物館の義経号も火を入れれば何時でも動ける様になっています。
by Capitano (2007-01-15 21:33)
>Capitanoさん
そうそう阿下喜にもありましたね。
こうして見ると他にも復活可能な個体も多そうで希望が持てますね。明治村9号は1912年、明治45年大正元年なので省きました。
by gop (2007-01-16 06:55)
> こうして見ると他にも復活可能な個体も多そうで希望が持てますね。
ただ、復活出来るかどうかは復活させる側の熱意次第ですからねえ。
> 明治村9号は1912年、明治45年大正元年なので省きました。
判りました。
でも1912年7月29日までは明治45年であり、大正元年ではないです。
改元の詔書により、7月30日以降が大正元年になっています。
http://homepage1.nifty.com/gyouseinet/calendar/taishoukaigen.htm
by Capitano (2007-01-16 23:21)
>Capitanoさん
>改元の詔書により、7月30日以降が大正元年になっています。
昭和元年は1926年12月25日、平成元年は1989年1月8日からですね。
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/bungaku/wa_seireki.html
元号切り替えには多々考察もある様で。
http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20030725
by gop (2007-01-17 06:00)
> 元号切り替えには多々考察もある様で。
> http://d.hatena.ne.jp/hakurik u/20030725
そこの説は、旧皇室典範第十二条を厳密に解釈した場合の例であり、
第十二条
践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ
そのWebサイトにもある通り、明治以前は改元は遡及する事があったりなかったりとかしており、実際はそこまで厳密に運用されていません。
大正,昭和の例についても、事務手続き上は午前0時を以て改元されたと見做して運用されています。(即日改元)
今後は平成の例を踏襲して踰日改元が続くでしょうから上記の様な問題は生じませんが。
by Capitano (2007-01-17 23:22)
>Capitanoさん
普段我々の生活の中ではなんら不自由は感じませんからね。
その狭間に産まれた方は難儀するでしょうけど。
ただ歴史も長く例の少ない元号制度、私的には踏襲して頂きたく思います。
by gop (2007-01-18 05:13)
> 普段我々の生活の中ではなんら不自由は感じませんからね。
> その狭間に産まれた方は難儀するでしょうけど。
ただ、2月29日に生まれた子供は出生日を3月1日にずらしたりとか、昔からその辺りは融通を利かせてましたよね。
> ただ歴史も長く例の少ない元号制度、私的には踏襲して頂きたく思います。
私も踏襲しては貰いたいですが、西暦との換算は面倒ではあります。
私が暗算で換算出来るのは戦国時代と明治以降のみ。(w
by Capitano (2007-01-18 22:13)
>Capitanoさん
私が不自由を感じないのは殆ど西暦で済ませているからであって、
今年は平成何年だっけ?と思う事は何度もあります(^^
by gop (2007-01-19 05:35)