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阿波の狸囃子

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なんじゃもんじゃ 

...

著者:山口瞳 昭和46年(1971年)3月1日 文藝春秋社刊より抜粋
 
私たちは鳴門の旅館に泊った。夜になって町へ出る。
むかし、鳴門の花柳界は活発であったという。芸者が百五十人はいたという。
遊郭が有り、百二、三十人の女郎がいたという。

<中略>

翌日、すぐに出立すべきであったのを、私は、ぐずぐずしていた。
宿を変えた。その宿がどこであったかを書かぬ。徳島県内であるとだけ記しておこう。

<中略>

寝苦しい、暑い、胸が重い。仰向けになり、横になり、輾転反側する。
するうちに、どうも、トロトロッと眠ったらしいが、すぐに目をさました。

あたりが騒がしい。女の声がする。三味線や鳴物の音がする。
前の部屋にも、うしろの部屋にも芸者が入ったらしい。嬌声がきこえる。
廊下をバタバタと掛ける音。キャーという声。アラーという声。うなり声。

前後左右さわがしくなってくる。時計を見ると、午前二時である。
眠れないのは尿意のせいではあるまいか。そう思って、思いきって廊下に出る。
実は、なにをかくそう、私は便所に行くのが怖かったのである。

廊下に出ると、音が消えている。奥の部屋に灯が点いている。
入口にスリッパが二足おかれている。私は、それをはっきりと見た。
「ははあ、お床入りとなったか」芸者が客と寝たと思ったのである。

便所から帰って、布団にもぐり、目をつぶるとまたしても騒々しくなる。
こんどは、ドスト氏の部屋だ。

<中略(ここで女郎の幽霊が出る)>

朝になった。

    DSCF5445_1.jpg 装画:関保寿(ドスト氏)

ドスト氏がやってきた。女中も来た。
「三月二十三日の午前二時という時間を覚えておいてください」と私がドスト氏に言った。

「何か異変があったに違いないと思いますから」

それから、女中に言った。

「この部屋は何かあった部屋ですか」
「いいえ、なんにもきいていません」
「こわい夢をみたんです」

女中はだまっている

「ゆうべは騒がしかったですね。うるさくて眠れなかったよ。芸者がはいったでしょう」
「いいえ」
「そんなことはない」
「でも、お客さんはお二人だけですよ」
「嘘だよ、奥の部屋に灯りがついていた。スリッパも二足あった」
こんどは女中が怖い顔をした。

<中略(お遍路の話し)>

私たちは徳島市に出て、新築のホテルに泊まった。同じ部屋に寝ることにした。
女中が私の持っているマッチを見て叫び声をあげた。昨夜の旅館サービス用マッチである。

「お客さん、この宿屋に泊まったんですか。何かありませんでしたか」

私はあらましのことを告げた。

私の泊まった部屋には夫婦心中があったという。ドスト氏の部屋では老人が死んだという。
また、奥の部屋のそばでは若い女が変死するという事件があったそうだ。

「にぎやかだったでしょう」
「そうぞうしかった。よくわかるね」
「阿波の狸ばやしと言いましてね。賑やかなんです」

一般に心中のあった部屋に寝ると騒がしいと言う説もあるようだ。

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立派な阿波徳島某所、某旅館 

間違ってもこちらには出ないと思いますが(^^


コメント(12) 

コメント 12

ナツパパ

なにやら怖いお話しですねえ。
でも、山口さん演出がお得意だから...どこまで膨らんでいるのやら(笑)
ところで、最後の旅館立派ですね。
格式と伝統がありそうで、一度泊まってみたいです。
by ナツパパ (2009-03-11 08:14) 

jamayan

おぉ~!もう3ヶ月も前になるんですねぇ。^^
>遊郭が有り、百二、三十人の女郎がいたという。
例の林崎新地ですね!
私はまだ観察に行っておりませんが(汗)、こちらにそこそこ載ってるようです。
http://www.geocities.jp/yasukoscene/muya2.htm
案外今も狸たちで賑わっているのかも知れません。^^;

そんな阿波狸のテーマソングもあります。(懐かしい方が歌っております)^^
http://www.jrt.co.jp/racc-dog/ 





by jamayan (2009-03-11 12:45) 

gop

> ナツパパさん
同行したドスト氏(彫刻家 関頑亭氏)の著「人生、飄々と」の中にも
「山口瞳さんと一緒にお化けに出会う」と題して、このお化けの話しが
書かれています。枕元にあった紙にお化けをスケッチした由(^^
http://item.rakuten.co.jp/book/836709/

新築ホテルの驚いた女中さんは、このお化け旅館の女中だったそうで、
この方も怖い目に会い、新しく出来たホテルに転職したとの事。
なので本当の話しでしょうね。

> ところで、最後の旅館立派ですね。
> 格式と伝統がありそうで、一度泊まってみたいです。
はい、それはそれは素晴らしい旅館?でした。
残念ながら普通の方は泊まれないと思いますが(^^

by gop (2009-03-11 19:29) 

gop

> jamayanさん
と言う事で、このお化け旅館は今もあるのでしょうか?興味津々。
林崎新地と合わせて是非偵察願います(^^
しかしそちらのタヌキさんはお元気な。拝めば御利益もある様で。

ちなみに「たぬき饂飩」を調べてみると、一般的には(以下注)
「揚げ玉と葱・鳴門(なると)巻きなどを上に乗せた、かけうどん」
と、なっておりますが、鳴門に「なると」は無いんですよねぇ(^^
今度は岬巡りならぬ、タヌキ巡りに伺います〜。

(注)たぬき (麺類) Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%AC%E3%81%8D_(%E9%BA%BA%E9%A1%9E)

by gop (2009-03-11 21:16) 

ナツパパ

あっ、すみません、そうだったんですか。
まったく早とちりで、我ながら困ったものです。
旅館って様々な人が泊まるのですから、色々なことが起こるのも
当然といえばいえますね。
...でも、そういう体験は、できればしたくないです。
by ナツパパ (2009-03-12 09:59) 

gop

> ナツパパさん
何年か後、ある出版社の方が同じ旅館に泊まったらしいのですが、
その人は体験しなかったそうです。ドスト氏(頑亭さん)曰く、

「人間のDNAの中には太古からの記憶が有り、昔の人が使っていた
能力も私たちの中に眠っている。それで”もの”を見るのが心眼。
この世の中は目に見えたり、聞こえたりする世界だけで無く、心が
感じる事で知る事の出来る世界が確かにある。」

のだそうですよ。私は子供の頃、一度だけ見た事あります(^^

by gop (2009-03-12 22:17) 

GON

gopさん、怖いはなしつながりということ?で、たまたまなのですが昨日体験した事を先ほどBBSに書いたばかりでした。もしよければ読んでみてください。書いた後こちらにお伺いするとこのようなお話が。
怖〜〜!思いました(爆)。
by GON (2009-03-14 14:50) 

gop

> GONさん
今日もヨッパライで失礼、魚屋で飲んで来ました。
この店、「あご」もあるのですが、やっぱ北九州の方が美味いなぁ。

で、季節外れのお化け話も良いもので。
目に見えないモノをココロで見るのは難しいモノなのでしょうねぇ。
邪念の無い子供の頃が、そんなモノは見え易かったのかも知れません。
お、アド街で久留米やってる。豚骨ラーメン食べたい...

by gop (2009-03-14 21:49) 

スギメチャ

ETC嫌い?(爆)のgopさん。(^^;
あ、いや、私もどこぞの天下り団体に加担するのは本望じゃないです。(ボソ)

ですがお次はクーペ搭載でいよいよ四国上陸?(いつのことやら)
by スギメチャ (2009-03-15 07:09) 

gop

> スギメチャさん
1000円で鳴門大橋渡って来て下さいな(^^
しかし実の所、自分で払った税金だったりしてね>無料ETC
どこぞにはEC嫌いも沢山?おられる様ですけど(笑)
さて、お出かけします。

by gop (2009-03-15 07:16) 

☆あかりん

今更のレスで申し訳ありません。どうして挨拶しておきたくて。

この作品が収録された本の名を探してて辿り着きました。
昔幾度も読んで装丁もちぎれボロボロになっていた文庫。
ある日帰省したら「捨てたよ~」とイノセントな声が…。

本文まで写してあり望外の喜び。
瞳さんの冷静な観察眼と折り目正しい筆力によって
本作は個人的ベストとも言える心霊譚となっておりまして。

ここでは割愛されてますが、ドスト氏の部屋での地蔵出現や
(ハヤクイコーヨと言った、等々うっすら記憶)
「こんどは女中が怖い顔をした」の部分。いやぁ怖い…。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
おかげで久しぶりに触れることができました。
ありがとうございました。
by ☆あかりん (2011-02-04 06:43) 

gop

> ☆あかりんさま
いらっしゃいませ、コメント有り難うございます。

お役に立てた様で何よりです。
山口瞳さん、今読み返してもその筆力は健在ですね。
来週、所縁の喫茶店でこんなイベントが開催される様で、
http://8012.teacup.com/henkikan/bbs/1882
おそらくドスト氏も来られるのではないかと(残念ながら伺えず)

by gop (2011-02-05 16:07) 

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